浪岡町

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

なみおかまち
浪岡町
日本国旗.png日本
地方東北地方
所属青森県南津軽郡
備考平成17年(2005年)に廃止された地方自治体である。

浪岡町(なみおかまち)とは、青森県中央部、かつて青森市の西に存在していた地方自治体である。平成17年(2005年4月1日に青森市に合併されて消滅した。

概要[編集]

浪岡は意外と歴史がある由来の深い土地である。鎌倉幕府崩壊後、建武の新政が行われた際に後醍醐天皇に重臣として仕えた北畠親房北畠顕家父子がいるが、顕家の長男・北畠顕成浪岡城を居城として、ここを奥州における南朝の拠点とした。浪岡城跡は現在、石垣土塁の一部を残して国の史跡に指定されており、浪岡町には北畠氏ゆかりの遺跡や伝説も数多く存在する。この町の北端にある大釈迦集落は、かつては弘前方面から青森方面に抜ける羽州街道と、同じく五所川原を経て津軽半島へ出る松前街道の分岐点にあたる交通の要地であり、北畠氏がこの地を本拠にしたのもそれが要因と推測される。

昭和29年(1954年12月、浪岡町に五郷村大杉村野沢村女鹿沢村が合併して町制を施行し浪岡町が誕生。昭和31年(1956年)に七和村の一部を編入して浪岡町の町域が確定した。

この町は東部と北部が山地であるが、それ以外は大部分が平地で、水田とリンゴ園が開けており、町の経済は米とリンゴ作りという農業が中心である。

平成17年(2005年4月1日、青森市と合併したことにより、浪岡町は消滅した。

隣接していた自治体[編集]

行政[編集]

歴代町長[編集]

  • 長谷川信平(浪岡地域自治区長 長谷川行惇の父)
  • 平野良一(任期 1975年1月 - 1983年、2期、核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会委員長・核燃サイクル阻止一万人訴訟原告団運営委員)
  • 工藤善弘(元助役
  • 阿部幡彦(浪岡八幡宮神官
  • 加藤新吉(前青森県知事木村守男後援会組織「青雲会連合会」元会長)
  • 古村一雄 (任期 2005年2月13日 - 2005年3月31日、住民投票を求める会事務局長)…合併後、青森県議に転出。

産業[編集]

リンゴを基幹とする第一次産業が発達。北部の大釈迦地区には工業団地があり、コカ・コーラや、かねさ(味噌)の工場がある。

特産品[編集]

ほか

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

海外[編集]

地域[編集]

医療機関[編集]

これらの病院と連携し、フィリップス・ジャパンなどが参画して、情報技術を活用した健康づくり事業が進められている[1]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

特殊学校[編集]

所管警察署[編集]

郵便局[編集]

観光スポット[編集]

町内の温泉[編集]

行事、イベント[編集]

交通[編集]

道路[編集]

町内を縦断する形で国道7号JR奥羽本線がほぼ並行する。そのやや東方に東北自動車道が縦断し、北部の長沼地区に浪岡ICがある。国道については同じく北部の大釈迦地区で国道7号から国道101号が西方(五所川原方面)へ分岐する。国道101号の南方には東北自動車道から分岐した津軽自動車道(無料)が並行する。

鉄道[編集]

東日本旅客鉄道

バス[編集]

路線バス[編集]

青森市市バス

弘南バス

高速バス[編集]

空港[編集]

青森空港は町中心部から車で15分ほどの近さで、アクセス道路が国道7号から東方へ整備された。バスも運行している。

出身有名人[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. 「青森市浪岡地区、健康づくり事業にヘルスケア企業集結」日本経済新聞電子版(2019年11月14日)2019年11月23日閲覧
  2. 第31回 火の玉探検【終了しました】青森県観光情報サイト(2019年11月23日閲覧)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]