エンペディアの質はウィキペディアやアンサイクロペディアよりも低い

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
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エンペディアの質はウィキペディアやアンサイクロペディアよりも低いは、正しくは「エンペディアはウィキペディアやアンサイクロペディアよりも質(タチ)が悪い」である。もちろん自明の理である。

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概要[編集]

エンペディアはウィキペディアアンサイクロペディアから追い出された人々の吹きだまりでもある。
「そもそも謎の百科事典もどきである。」というのもウィキペディアンからは「敗者の捨てゼリフ」とされ、「つまりウィキペディアやアンサイクロペディアの二番煎じと侮蔑される。「そのため、エンペディアの質がウィキペディアやアンサイクロペディアよりも低いのは当然とも言える。」という意見もあるが、噴飯ものであり笑止である。
ただし裏を取るのは困難ではある。エンペディアンの一部はウィキペディアの非ブロック利用者であり、ウィキペディアの堅苦しさや出典主義者の煙たさに堪らず自発的に逃げ出した人もいる。

ウィキペディアに勝つ方法[編集]

「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり」という言葉があるように、「勝つ方法」とか言っている時点で負けフラグが立っている。
「唯一勝てそうな方法がエスケープ転載である。つまりウィキペディアに勝つためにウィキペディアを頼っており凄まじい矛盾である。そもそも削除されそうな記事では勝てない。つまりウィキペディアに勝つ方法などないのである。」という意見もあるが、原始バビロニア長方形などは Google 検索ではエンペディアのエントリのほうが上位にくる。[1]「独自色を出す」ことが重要であるため、「二番煎じ」で「お茶を濁す」とかいった手段では勝てない。

ニッチ路線[編集]

あとは、ニッチな方向で目立つ百科事典もどきになるという路線である。
すでに鉄道ツイッタラー路線及び鉄道スクラッチャー路線では成功してると言えなくもない。問題はこれが身内だけの展開で終わっているという事に尽きるのだが。

アンサイクロペディアに勝つ方法[編集]

だから「アンサイクロペディアに勝つ方法」ではなく「アンサイクロペディアに負けない方法」を考えよう。「G大佐」こと鈴木銀一郎によれば、「必勝の信念と投入量」であるという。「対象戦力の分断」「集中攻撃」「各個撃破」がトラファルガルの海戦以来の定説である。
「アンサイクロペディアに勝つ方法は{{joke}}を貼り付け、かつアンサイクロペディアより高いユーモアを作成するしかない。それができれば苦労しないのである。できないから質が低いのである。」という意見もあるが、「ユーモア」はフランス語が語源なので、「ヒューマン(人間)」の語頭の'h'音が落ちただけなので、「人間力」が試されているだけの話である。[2]
したがって、「つまりアンサイクロペディアには勝てない。」は早計である。「絶望は愚者の結論である」という警句もある。

また別の路線[編集]

もう、ウィキペディアやアンサイクロペディアとはおさらばして、「独自研究モッリモリの超絶感想記事」的な感じを目指していけばいいのではないだろうか。
例えば、映画関係の記事では、その映画を鑑賞した感想を書けばいいのである。ネタバレの無い程度で[3]藤井聡太吉田沙保里などの凄い人の記事では、個人的に誰よりどれ程強いか」ということを書く。
ただ、このようにすると、もはや箇条書き無しのChakuwiki状態にはなってしまう。「どちらにしろ、負けている。」という意見もあるが、溜まったら「よみもの」に移行してパブリッシュすればいいだけの話である。

歴史的背景[編集]

そもそもスタート時期からして違うウィキペディアとエンペディアを同列で語るのは正しいのだろうか。ウィキペディアの登場を2001年とすると2009年のエンペディアは8年も差を付けられている。おまけにネット百科事典のピークが2005年だとすると。ピーク時の恩恵を受けていないと言えよう。

ブームを経験してるサイトとしてないサイトの違いは大きい。それによってどのくらいの数のネットユーザーが参加するのかが決まってくるからだ。

その他[編集]

ウィキペディアが登場した時期は、インターネット黎明期でありライバルサイトも少なかった。故に多くのユーザーをウィキペディアが取り込むことができ、その後の発展につながった。そして今では、ウィキペディアでの人員の枯渇が始まっていると言える。そのため、今後はウィキペディアも衰退していくことが考えられる。では、本来ウィキペディアに移住すべき人材は今どこのサイトにいるのか。

おそらくは、より気軽に情報発信のしやすいXやnoteなどにいるものと思われる。多少能力が上の物書きは「小説家になろう」「カクヨム」あたりで活動している。

さて、物書きには三種類いて、物語が書けるタイプと、エッセイしか書けないタイプ、そして両刀使いタイプである。その中からエッセイしか書けないタイプをスカウトしてきて、こちらで活動してもらう事は可能だろうか。記述するシステムがなろうやカクヨムと比較するとエンペディアのシステムであるメディアウィキは少々敷居が高い。

おまけに、物書きの多くは承認欲求が強く、好きな事しか書かない傾向がある。承認欲求の充足を求めて彷徨うユーザー対策としては、Enpediaにも評価ボタンを付けるしかないが、現状では無理である。せめて記事のアクセス数でも見れたらいいのだが。[4]

なろうやカクヨムで活動しているエッセイストは、書籍化は望んでいない可能性が高く、純粋に承認欲求だけでペンを取っていると思えるので。彼らをこちらに呼び込めないかとも思ったのだが、予想するに「よみもの」要員が精いっぱいな予感もする。

結論[編集]

「アンサイクロペディアにもウィキペディアにも勝てない。エンペディアは所詮二番煎じなのである。」という意見はあるが、「辞書的な意味」をコトバンクに丸投げしている時点で負けフラグが立っており、「教科書的な説明」よりも「副読本」「参考書」「攻略本」的な記述に力を入れるという手もある。

脚注[編集]

  1. 原始バビロニア長方形をGoogle検索する人は(提唱者のご本人を除けば)この世にいないことはヒ・ミ・ツである。」とか言っているヒトもいるが、「バーニングとホールの定理」「プリンプトン322」などが着々とネットを支配している(笑)。もちろん「プリンプトン322は考古学の世界・数学界で広く認められている存在なので、ネット上に情報が多くあるのは当たり前。プリンプトン322の知名度と、一個人が勝手に提唱しているだけの原始バビロニア長方形の知名度はなにも関係ないのである(笑)」とか言っている素人もいるが、数学の専門家は「プリンプトン322は解読済みで、あれはバーニングとホールの定理で説明できる」で終わりである。ただお素人さんに説明するのが大変なので原始バビロニア長方形という概念を引っ張り出してきただけであって、基本的には遠山啓水道方式におけるタイルのシェーマの焼き直しでしかない。
  2. 論理展開がおかしいと思ったそこのあなた。「感じ」でものを言うな。深く考えるんだ。
  3. いや、ネタバレもどんどん書けばいいのである。
  4. 黎明期のエンペディアでは、記事ごとの閲覧回数を確認することができたが、サーバへの負荷が高すぎるため廃止された。

なんだこの記事!?[編集]

最後まで読んだあなたは「なんだこの記事!?」と、キツネにつままれたような気分になっているかもしれない。

この記事は、複数のエンペディアンによって執筆されており、お互いの主観と感情がグチャグチャにぶつかりあっている。「両論併記」と呼ぶにすら値しないカオスである。論点を整理することをエンペディアンは知らない。前の人が書いた文章の揚げ足をとったり、木に竹を接ぐような加筆を殴り書きして、とにかく己の言いたいことを言う。しかも荒らしも多い。残念ながら、これがエンペディアの現状である。流石にすべての記事がこのレベルとまではいわないが、似たようなレベルの記事は少なくない。

ようこそカオスワールドへ。ここがエンペディアです。

関連項目[編集]