枢軸主義

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枢軸主義(すうじくしゅぎ)とは枢軸主義連盟が提唱する政治思想である。第二次世界大戦における枢軸国とはおそらく関係はない。

概要[編集]

枢軸主義とは、天皇と国民の両者による政治を目指す思想である。具体的には天皇の属する枢密院(仮称)と国民の属する国民会(仮称)、民行裁判所(仮称)による国政を目指している。

枢密院は立法及び行政を行う。枢密院は天皇と、民行裁判所の選定する各分野の専門家で構成される。

国民会は枢密院の立法・行政に対して提案をし、必要とあらば拒否権を行使する。拒否された行政内容や法律は無効或いは廃止となる。国民会は選挙で選ばれた代表者で構成される。

民行裁判所は上記の二つの機関を監視し必要とあらば解散させることができる。要するに、国政を正常なものにするための機関である。そのためこの機関は国民から厳しく審査され、国民は必要とあらば裁判官を総解職(リコール)することが出来る。民行裁判所は国家資格を持ち、尚且つ厳重な審査に合格した者で構成される。

枢密院は法律を制定し、それに則りながら国民に対し政治を行う。各分野の専門家と、国民の福利・幸福を考える立場にある天皇によって法案が議論、議決され、各専門家が各分野において実際の行政を行う。そして、その法律や行政内容に不備や問題点があった場合、国民会がこれを議論し「国民の意思」として拒否権を行使し、行政を無効にする。また国民会は「こういう立法・行政をしてほしい」というものを議論し、これも「国民の意思」として枢密院に提案できる。そして民行裁判所はこれら一連の国政内容を監視し、枢密院の暴走、国民会の拒否権の濫用、その他国政としてふさわしくないことがあった場合に慎重な協議の末、枢密院・国民会を解散させることが出来る。ちなみに枢密院・国民会は民行裁判所に互いの解散命令の要求が出来る。国民は、枢密院から政治を受け、国民会に立候補、そして立候補者を選挙し、民行裁判所を審査・個別解職又はリコール出来る。

枢軸主義を掲げる意義[編集]

これを提唱している枢軸主義連盟は「何故このような政治制度を目指すのか、それは今の衰退した政治制度を打破し、真に国民のための政治制度を打ち立てるためです」「現在の政治制度では、国会議員の誰でも内閣総理大臣、つまり行政のトップになることが出来ます。そのために、国会議員は何かにつけて内閣を批判し、揚げ足を取り、どんな小さな問題でもあたかも大問題であるかのように取り上げ、追求します。そこで、元首の地位を不動とし、専門家がその専門分野の省庁の大臣となり、尚且つ国政議論が滞らないような政治制度を、と、上記の政治制度を考えました」「形式元首には、多くの国民の敬愛を集め、尚且つ国民の福利を第一に考える立場にある天皇が最も適切と判断し、それに伴い、内閣・国会・裁判所の役割を元に枢密院・国民会・民行裁判所を考え出しました」とブログで語っている(一部のみ抜粋。全部載せると著作権的にまずいから、許してね)。

前身[編集]

枢軸主義は皇国主義を前身に持つ。皇国主義では行政権を持っていた天皇は、枢軸主義では参政権のみ持つようになった。

結局、何が言いたいのか[編集]

要するに「総理大臣職があるから国会がクイズ大会の場になっている、行政のトップを天皇にしてしまえばこういうことは起こらないのではないか」と言いたいらしい。枢軸というのは悪く聞こえがちだが、別に悪とかファシズムとかじゃなくて「天皇」と「国民」が2つの軸となって政治を動かしていこうと言いたいようだ、と勝手に解釈している。

これを公式に発表する前にウィキペディアで発表しようとしたからまずかった。