時津風部屋

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時津風部屋(ときつかぜべや)は、日本相撲協会時津風一門の相撲部屋である。

概要[編集]

分家には、立田川、荒汐の両部屋の他、一門を転じた式秀の各部屋がある。

歴史[編集]

時津風の年寄名跡は元々大坂相撲のもので、11代目時津風の小九紋竜梅吉は、部屋経営意欲に乏しい悪評親方で知られた。
現在の時津風部屋は、当時の終身一代年寄制度で「双葉山相撲道場」を1941年に創設した第35代横綱双葉山が11代時津風から名跡を譲られて、引退後に時津風部屋としたことが始まり。なお、双葉山道場創設に際し、4相撲部屋が合流した。
双葉山は1957年に理事長に就任するも1968年に理事長、年寄現役中に亡くなり、元横綱鏡里が暫定で13代目を継ぐも、同年に12代時津風のかねてからの遺言という名目で元大関豊山が14代目時津風を継いだ。14代目の伝手で、東京農大出身の新弟子が増え、今日まで続く「農大部屋」のきっかけになっている。14代時津風も1998年に理事長に就任している。
2001年に14代時津風が定年となったため、元小結双津竜が15代目として継承も、自らや古参弟子が起こした暴行死事件により解雇され、2007年に前頭時津海が16代目を急遽現役引退して継承。しかし、16代時津風も2021年に新型コロナ感染対策ガイドライン違反問題を起こし退職。
2021年3月場所前に、引退後に20代間垣を襲名していた土佐豊(元前頭)が17代時津風となり部屋師匠を継承した。

前述のように2代理事長を輩出して11代目の汚名を注いだ格好となったが、その後は2代連続不祥事で師匠が中途解職となっている。

脚注[編集]