全国造船重機械労働組合連合会

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全国造船重機械労働組合連合会(ぜんこくぞうせんじゅうきかいろうどうくみあいれんごうかい)は、かつて存在した造船・造機産業の産業別労働組合。略称は造船重機労連(ぞうせんじゅうきろうれん)。日本労働組合総連合会(連合)、全日本金属産業労働組合協議会(金属労協)に加盟していた。

概要[編集]

同盟金属労協の中心組合の1つ[1]。1964年の三重工合併以降、1965年の三菱重工、1969年の日本鋼管、1970年の石川島播磨、川崎重工、1971年の住友重機と、中立労連系の全造船機械から大手組合が相次いで分裂・脱退。1971年2月に同盟系の造船総連と、同盟三菱重工労組、三井造船労組、日立造船労組、石播労連、川崎重工労連、鋼管造船労連の6企業連が造船重機械労働組合共闘会議(造船重機共闘)を結成。1972年2月に前月解散した造船総連と6企業連が全国造船重機械労働組合連合会(造船重機労連)を結成した。2003年9月に日本鉄鋼産業労働組合連合会(鉄鋼労連)、全日本非鉄素材エネルギー労働組合連合会(非鉄連合)と統合し、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)を結成した。

原子力発電装置の製作やメンテナンス[2]、兵器の生産に従事する組合員を多く抱えており[3]、原子力発電推進、兵器生産推進の立場をとった。1974年12月に電機労連電労連と3労連で三労連原子力問題研究会議を結成[4]。1978年3月に電機労連、日立労連、三菱重工労組、東京電力労組など14労組で原子力関係労組懇談会を結成[5]。1986年のチェルノブイリ原発事故後は原子カエネルギーの安全キャンペーンを展開した[2]。兵器関係では1975年に航空産業労働組合協議会と兵器国産化を求める要請を政府に提出[6]。1976年の大会で兵器国産化を含む産業政策を掲げた方針を決定[4]。1977年に委員長名義で武器輸出を求める要請を福田首相に提出した[6]

事務所は東京都港区芝2-20-12 友愛会館内。

出典[編集]

  1. 造船重機労連(全国造船重機械労働組合連合会)[労]1972.1.26『社会・労働運動大年表』解説編
  2. a b 日本労働年鑑 第59集 1989年版PDF 法政大学大原社会問題研究所
  3. 毎日新聞社軍事問題取材班著『兵器ビジネス』築地書館、1982年
  4. a b 法政大学大原社会問題研究所編『新版 社会・労働運動大年表』労働旬報社、1995年
  5. 原子力関係労組懇談会[労]1978.3.27『社会・労働運動大年表』解説編
  6. a b 鎌倉孝夫『「スタグフレーション」――日本資本主義体制の終末』河出書房新社、1978年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]