お艶が岩

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お艶が岩(おえんがいわ、: Oenga-iwa[1])は、群馬県前橋市の敷島公園内の池にある最大径約8メートルの褐赤色の巨石[2]。おえんという娘にまつわる伝説の舞台である。

伝説[編集]

前橋市を貫流する利根川の流路は時代により変遷がある。今でこそ池にあるお艶が岩も、昔は利根川の流れの西側にあった。そんな昔、利根川の西側の村にお艶という大変美しい娘がいた。お艶が18歳のとき、対岸の村の男と恋におちた。彼女にとって初恋である。ある日お艶は、川を渡り男の住むという村を訪ねた。ところが、いくら探しても男は見つからない。ついに気が狂ったお艶は利根川に面した褐赤色の巨石の上で毎日のように男の名を呼ぶようになるが、最終的にこの岩から利根川に飛び込んで命を絶った。後のお艶が岩である[3]

これとは少し異なる伝説を記す文献もある。当時は橋などもなく、女性が川を渡るのは大変だろうと対岸の村の男は川を渡ってお艶に逢いに来てくれた。ところが秋風が吹くころ、男は姿を現さなくなった。お艶には川を渡る体力もなく、河原で男が来るのを待つことしかできなかったという[4]

また別の伝説によると、お艶は淀君の変名であるという。淀君といえば大坂夏の陣(1615年)の際自害したという説が有力であるが、捕らえられて前橋城に連れてこられたという説もある。連れてきたのは総社城主の秋元長朝ながとも、元景寺(前橋市総社町植野)には淀君の墓とされるものが現存する[5]。淀君が世をはかなんで利根の流れに身を投げた場所こそがお艶が岩である[4][6]

出典[編集]

参考文献[編集]

  • 佐藤興平、南雅代、池田信二、安部久、武者厳、中村俊夫「前橋の敷島公園に産する巨石「お艶ヶ岩」の起源」、『群馬県立自然史博物館研究報告』第25巻、2021年、 65-74頁。
  • 『前橋の伝説百話』 佐藤寅雄、前橋市観光協会、群馬県前橋市大手町、1974年9月20日、初版。
  • 中島吉太郎 『伝説の上州』 西川 東、歴史出版社、東京都千代田区丸の内、1978年12月25日
  • 井上誠一、井上修二 『前橋・勢多西の伝説』 あかぎ出版〈群馬伝説集成4〉、群馬県新田郡藪塚本町大字藪塚、2000年6月7日