駿河版活字

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駿河版活字(するがばんかつじ)は、駿府で作られた銅活字。豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した翌年の文禄2年(1593年)に日本へ持ち帰られた朝鮮銅活字を模範として徳川家康が造たせた。現在、銅大字866個、銅小字31,300個、木活字5,813個、摺板2面、銅罫線88個、銅輪廓18個の一揃は重要文化財に指定されている。

徳川家康が、閑室元佶(1548年-1612年)、林羅山(1583年ー1657年)、金地院崇伝(1569年-1633年)に命じて日本国内で最初に造られた銅活字である。木製の種字(牡型)から砂で鋳型をとり、銅を流し込み鋳造させたもので、3度にわけて慶長11年(1606年)から元和2年(1616年)にかけて鋳造された。総数は約11万本強と推定され、鋳造技術は貨幣鋳造技術と共通している。徳川家康没後に火災で多くが焼失したが、一部が南葵文庫(紀州徳川家)に伝来し昭和15年(1940年)に凸版印刷の所有となり現在に至る。

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