那古寺多宝塔

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那古寺多宝塔(なごじたほうとう)は、千葉県館山市那古の仏塔。千葉県指定文化財。

概要[編集]

心柱の墨書銘により、宝暦11年(1761年)の造立であることが判明し、江戸時代中期の多宝塔例として、室町時代の石堂寺多宝塔と比較して、建築技術の推移をうかがい知ることができる。那古寺本堂山門との間にあり、3間四方で、銅板葺。柱は方柱で石堂寺のものより細く、床下は八角に面取りされている。下層の台輪上の斗組は二手先で、先端に象鼻がつき、上層は四手先で、先端の尾垂木には龍鼻がつけられている等、彫物や、本蟇股に動植物の彫物が施されている点等は、一見して江戸時代の建築装飾の傾向を窺うことができる。また、格天井裏で東西に架けた虹梁の上に方柱の心柱を建てていることや、内部の四天柱のうち前方2本を欠く二天柱となっていることも、特徴として注目される。県の文化財に昭和40年4月27日指定された。

屋内宝塔[編集]

内部の火燈窓をつけた来迎壁の前、中央須弥檀に木造宝塔が据えられている。多宝塔と同時期のもので、方形板葺、軸部は球形で四面を火燈形にくり抜き、内部に大日如来を安置する。那古の伊勢屋甚右衛門を願主に、府中の上野庄右衛門、那古の加藤清兵衛等、地元大工によって建てられたことが心柱の墨書銘から明確であり、歴史資料として注目される。