瓦屋寺

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瓦屋寺(かわらやじ)は、滋賀県東近江市建部瓦屋寺町の臨済宗妙心寺派の寺。瓦屋禅寺とも呼ばれる。

聖徳太子創建とされ、四天王寺建立に際して瓦屋寺で焼かれた瓦を用いたのが寺名の由来とされる。その後、源仁により再興され華厳宗の東大寺の末寺となり一山四十八坊を抱える大寺として隆盛を極めた。天台宗を経て、永禄年間に織田氏の兵火に罹災し、伽藍を悉く焼失した。江戸時代初期の正保年間に市内に仙台藩の飛び地があった関係で、奥州松島瑞巌寺中興雲居が古刹の衰退を嘆き、高弟の香山祖桂が再興を誓い雲居禅師の篤志者であった八日市福原茂右衛門を願主に小堂が建立され、梵鐘を吊って臨済宗妙心寺派として中興された。延宝年間に越後十日町(現在の新潟市内)の篤志家、水野五右衛門が本堂の再建し、諸堂が整備された。近年では登録文化財に本堂庫裡地蔵堂開山堂経堂賓頭盧堂鐘堂の7棟が平成30年3月27日登録された。