利生護国寺

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利生護国寺(りしょうごこくじ)は、和歌山県橋本市隅田町下兵庫の真言律宗の寺。奈良市の西大寺末で大寺と呼ばれている。南北朝建築本堂は重要文化財。

寺伝等によれば奈良時代行基菩薩聖武天皇の命で畿内四十九院の一つとして創建したとされ、その後荒廃したが、鎌倉時代の弘安年間(1278年-1288年)に北条時頼が再興したと伝わる。古文書等記録から寺の存在が知れるのは弘安8年(1285年)のことで、願心が田畑等を利生護国寺に寄進したという。弘安9年の史料には利生護国寺の四方境界が記されており、この頃には地域有数の寺院規模を誇ったことが推察される。永仁6年(1298年)には鎌倉幕府の祈祷寺三十四か寺の一つに挙げられ、隅田荘のみならず鎌倉幕府の信仰を得た特別な存在であったと推測できる。