犬神博士

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犬神博士』(いぬがみはかせ)は、作家・夢野久作の長篇小説。1931年9月23日~1932年1月26日まで「福岡日日新聞」上に連載された。最終号の連載には「(おはり)」と記されており、体裁上は完結している。一部研究者の主張によって、「未完成」と指摘するむきもあるが、「未完成」と夢野久作自身が表明したことはない。

概要[編集]

彼の代表作としてしばしば数え上げられる。一部のコアなファンの間では、この作品をもって「大衆小説の傑作」とまで称する向きもある。姉妹作として『超人鬚野博士』がある。

内容は、日清戦争前の筑豊直方地方で起こった撰定坑区の借区競争を、非民同然の大道芸人の子供の視点から描いた作品である。実際にあった出来事を下書きにした、地域色の濃い作品であり、当時としては相当にタイムリーな話題だったと思われる。無論ながら、夢野流のフィクションも加味され、虚実渾然一体とした内容になっている。

連載紙の「福岡日日新聞」は、作者の父・杉山茂丸が不即不離の関係にあった玄洋社の発刊した新聞「九州日報」とは競合関係にあった新聞であり、かつて「九州日報」の記者をしていた久作が、競合紙に連載したことは興味深い。

作品主題となった借区競争自体が、父や玄洋社のメンバーの深く関わった事件である。永末十四雄は、この一連の作品主題を、父や玄洋社から聞いた話(その中には普通の人では知りえない“裏話”的なものも含まれた事だろう)を元にして構築したのだろうと推測している。[1]

もちろん本作は「小説」であるため、史実とは異なる部分も見られる。永末は、主題の描きかたについて「玄洋社一流の独善的な認識と作為的な主張に惑わされた節がみえる」と指摘している。[1]また、多田茂治はより具体的に、「玄洋社は財閥と結んだ官憲に対する反体制勢力として描かれていますが、たしかに玄洋社は三井、三菱など中央財閥と激しく争ったものの、官憲はむしろ味方につけていた」と、実際の出来事と小説内の出来事の相違点を挙げている。[2]

登場人物のひとり・楢山到は、玄洋社の総帥・頭山満や、彼の同士・奈良原到がモデルになっていると思われる。他にも実在の人物をモデルにした思われる節がいくつかある。(詳しく御存知の方は、ご加筆おねがいします。)

主人公像[編集]

主人公の本名は、大神二瓶である。「犬神博士」という渾名の由来は、作品冒頭でも説明されているとおり、古い犬神の風習から来ている。

まず或る村で天変地異が引き続いて起る。又は神隠し、駈落ち、泥棒、人殺しなんどの類が頻々として、在来の神様に伺いを立てた位では間に合わなくなって来ると、村中の寄り合いで評議して一つ犬神様を祭ってみようかと言う動議が成立する。そこで村役、世話役、肝煎役なんどが立ち上って山の中の荒地を地均して、犬神様の御宮を建てる一方に、熱心家が手を分けて一匹の牡犬を探し出して来る。毛色は何でも構わないが牝犬では駄目だそうだ。牝は神様になる前にヒステリーになってしまうからね。

その牡犬を地均した御宮の前に生き埋めにして、首から上だけを出したまま一週間放ったらかして置くと、腹が減ってキチガイのようになる。そこでその汐時を見計らって、その犬の眼の前に、肉だの、魚だの、冷水だのとタマラナイものばかりをベタ一面に並べて見せると犬は、モウキチガイ以上になって、眼も舌も釣り上った神々しい姿をあらわす。その最高潮に達した一刹那を狙って、背後から不意討ちにズバリと首をチョン斬って、かねて用意の素焼きの壺に入れて黒焼きにする。その壺を御神体にして大変なお祭り騒ぎを始める。

ところでその犬神様に何でもいいから、お犬様のお好きになりそうなものを捧げて、お神籤を上げると、ほかの神様にわからなかった事が何でも中ると言うから妙だ。天気予報から作の収穫(ルビ:みいり)漁獲(ルビ:りょう)のあるなしはむろんの事、神隠しが出て来る。駈落ちが捕まる。間男、泥棒、人殺しが皆わかると言うのだが、成る程考えたね。人間だってそんな眼に会わせたら大抵神様になるだろうが。 --犬神博士 本文より

この犬神のような神通力を持っているということで、主人公は犬神博士と呼ばれているのである。

国文学者の松田修氏は、「犬神博士」という命名について、『南総里見八犬伝』に登場する犬塚信乃との関連性を指摘している。また、その性格・行動面については、実在の生物学者・南方熊楠から何らかの影響を受けたのではないか、とも主張している。(南方熊楠は奇行の多い人物であった)[3]

ちなみに、一般の人が開設しているサイトだが、『伏姫屋敷』という八犬伝ポータルサイトの中でも、「八犬伝がモデルな作品」として、この『犬神博士』が挙げられている。なかなかに興味深い解説であるので、気になる人は一度見てみるべし。→リンク

夢野の他作品との関連で言えば、名前の類似性から『S岬西洋婦人絞殺事件』の「犬田博士」、男女性の稀薄さ(男女性の混淆)から『二重心臓』の「天川呉羽」などが、同種のテーマをもった人物として挙げられる。無論『超人鬚野博士』の「鬚野博士」と関連があることは言うまでもないであろう。このうち男女性の稀薄さは、日本古来の神が持つアンドロギュヌス(両性具有)に由来しているのだろう、と松田氏は述べており、日本武尊が女装した格好で熊襲を斃した話を例に挙げている。[3]また松田氏の指摘の中には含まれていないが、『白髪小僧』中にも同種の男女性の稀薄さは見受けられるといえる。

犬神・鬚野両博士とチイ(大神幼少時代の呼び名)の関係図式は、『ドグラ・マグラ』の正木・若林博士と呉一郎の図式と関係性がある、とも松田は言っている。[3]

メディア展開[編集]

夢野久作作品の漫画化を手がけている丸尾末広によって漫画化もされている。

出典[編集]

  1. a b 永末十四雄『犬神博士―逆照射のメッセージ』(『彷書月刊1986年3月号発表)
  2. 多田茂治『夢野久作読本』 ISBN 4-902116-13-8 38ページ。
  3. a b c 松田修『「犬神博士」における神なるもの』(1974年7月発行 角川文庫『犬神博士』ISBN 9784041366134 解説文)

関連項目[編集]

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外部リンク[編集]

  • 青空文庫(若干重いです。注意) - 本文を無料で読むことが出来る。ただし入力のみで校正は完了していない。